後発酵茶とは?
知られざる「熟成」のお茶の世界へようこそ
「後発酵茶(こうはっこうちゃ)」、この名前を聞いて「紅茶やウーロン茶と何が違うの?」と首をかしげたそこのあなた、大正解です!そして、ようこそ、めくるめく「熟成」のお茶の世界へ。
後発酵茶とは、一言でいえば「微生物の力で発酵させたお茶」のこと。
まるで味噌や醤油、そしてお漬物のように、目に見えない小さな働き者たちが、お茶をじっくりと、そして美味しく育て上げてくれるのです。
日本ではまだ馴染みが薄いかもしれませんが、中国や東南アジアでは古くから親しまれている伝統的なお茶で、その独特の風味はまさに唯一無二です。
この記事では、そんな不思議で美味しいお茶の後発酵について、その魅力と秘密を解き明かしていきます。
「酵素発酵」と「微生物発酵」:お茶の発酵の大きな違い
この違いを知れば、あなたも立派なお茶マニアの仲間入りです。
発酵の種類 | 主役 | メカニズム | 代表的なお茶 |
酵素発酵(酸化発酵) | 茶葉自身の「酸化酵素」 | 茶葉を揉んで細胞を壊し、酵素が空気に触れて酸化させる。茶葉自身の力で変化する。 | 紅茶、ウーロン茶 |
微生物発酵 | 麹菌、乳酸菌、酵母など | 茶葉の酵素を止めた後、外部の微生物の力を借りてじっくり熟成させる。 | 後発酵茶(プーアル茶、阿波番茶など) |
つまり、紅茶やウーロン茶が茶葉自身の力で変化するのに対し、後発酵茶は微生物という外部の助っ人を呼んで、新たな美味しさを引き出すというわけです。
後発酵茶の魅力:漬物にも例えられる独特の風味と酸味
後発酵茶の最大の魅力は、なんといってもその独特の風味。
微生物による発酵を経ることで、他のお茶にはない、まるで熟成したチーズや日本の伝統的な漬物を思わせるような、複雑で深みのある香りが生まれます。
そして、もう一つの大きな特徴が「酸味」。
特に乳酸菌で発酵させたお茶には、ヨーグルトのような爽やかな酸味が感じられます。
この酸味が口の中をさっぱりとさせ、こってりした食事との相性も抜群なのです。

最初は「え、お茶が酸っぱい?」と驚くかもしれません。しかし、その唯一無二の味わいは、一度ハマると抜け出せない、まさに「クセになる」美味しさ。
後発酵のメカニズム:微生物が織りなす変化の秘密
後発酵茶のあの独特な風味は、一体どのようにして生まれるのでしょうか?
その鍵を握るのは、目には見えない小さな主役たち、「微生物」です。
彼らが茶葉の中で繰り広げる、壮大な味覚の錬金術を覗いてみましょう。
後発酵の主役「微生物」の種類と働き
後発酵茶づくりで活躍する微生物は、主に以下の3種類。
それぞれが得意な仕事で、お茶を美味しく変身させてくれます。
- 麹菌(こうじきん)【カビの仲間】
- 乳酸菌(にゅうさんきん)
- 酵母(こうぼ)
麹菌(こうじきん)【カビの仲間】
酸素がある環境で活発に働き、茶葉の成分を分解して、独特の深いコクや「陳香(ちんこう)」と呼ばれる熟成香を生み出します。プーアル熟茶などが代表的です。
乳酸菌(にゅうさんきん)
酸素がない環境を好み、糖を分解して乳酸を作り出します。
これにより、阿波番茶のような爽やかな酸味とまろやかな口当たりが生まれます。
酵母(こうぼ)
アルコール発酵などに関わり、複雑な香りの成分を生み出すとされています。
これらの微生物は、単独で働くこともあれば、リレーのようにバトンをつないで働くこともあります。
例えば、高知県の「碁石茶」は、カビ付け(好気発酵)の後に乳酸菌による漬け込み(嫌気発酵)を行う「二段階発酵」という、非常に珍しく高度な製法で作られています。
熟成がもたらす成分の変化と健康への期待
微生物が茶葉を発酵させる過程で、お茶の成分は劇的に変化します。
- カテキンの減少
- カフェインの減少
- 植物性乳酸菌の摂取
カテキンの減少
緑茶の渋みの主成分であるカテキンが分解・減少し、没食子酸などに変化します。これにより、渋みが和らぎ、まろやかな味わいになります。
カフェインの減少
発酵過程でカフェインの量も少なくなる傾向があるため、就寝前やカフェインが気になる方でも比較的安心して楽しめます。
植物性乳酸菌の摂取
阿波番茶のように乳酸菌で発酵させたお茶からは、生きたまま腸に届きやすい植物性の乳酸菌を手軽に摂取できます。
こうした成分の変化から、後発酵茶には様々な健康効果が期待されています。
世界と日本の後発酵茶(黒茶)の種類
後発酵茶は「黒茶(くろちゃ/ヘイチャ)」とも呼ばれ、その名の通り黒っぽい見た目をしているものが多くあります。
ここでは、世界で最も有名な中国の黒茶と、日本各地でひっそりと受け継がれてきた個性豊かな黒茶たちをご紹介します。
【中国】代表格「プーアル茶」- 生茶と熟茶の違い
後発酵茶の王様といえば、中国・雲南省生まれの「プーアル茶」。
実はこのプーアル茶、製法によって「生茶」と「熟茶」という、全く異なる2つのタイプに分かれます。
項目 | 生茶(シェンチャ) | 熟茶(シューチャ) |
製法 | 天日干しで乾燥させ、自然の力でゆっくり長期間熟成させる伝統製法。 | 麹菌を使い、高温多湿環境で人為的に短期間で熟成させる「渥堆(あくたい)」製法。 |
味わい | 若いものはフレッシュでキレのある渋み。熟成が進むと甘くフルーティーに。 | 土や古い木のような独特の「陳香」と、とろりとまろやかな甘み。 |
水色 | 若いものは黄緑色。熟成と共にオレンジ色から赤褐色へ変化。 | ワインのような深い赤褐色。 |
楽しみ方 | 年月と共に変化する味わいを楽しむ。ワインのようにヴィンテージを愛でる感覚。 | 製造直後から安定した味わいが楽しめる。初心者にもおすすめ。 |
【日本】四国と富山に伝わる伝統的な後発酵茶
実は日本にも、世界的に珍しい後発酵茶が4種類存在します。
「日本の四大黒茶」とも呼ばれ、それぞれ独自の製法と文化が大切に受け継がれています。
高知の「碁石茶」:二段階発酵が生む独特の風味
高知県大豊町に伝わる「幻のお茶」。
カビ付けと乳酸発酵の二段階発酵により、赤紫蘇や梅のような力強い酸味と、複雑で滋味深い味わいが生まれます。
乾燥後に3cm角ほどに切られた姿が碁盤の石に似ていることが名前の由来です。
徳島の「阿波番茶」:乳酸菌発酵の爽やかな酸味
徳島県上勝町などで作られる、乳酸菌の力だけで発酵させたお茶。
ヨーグルトのような爽やかな酸味とさっぱりした甘みが特徴で、カフェインが極めて少ないため、地元では「赤ちゃん番茶」として子供からお年寄りまで幅広く親しまれています。
愛媛の「石鎚黒茶」:自然の力に委ねる伝統製法
西日本最高峰・石鎚山の麓で、江戸時代から作られているとされる貴重なお茶。
碁石茶と同じく二段階発酵ですが、その土地に息づく自然の微生物に委ねる、より伝統的な製法が特徴です。黄金色の水色で、独特の香りとすっきりした酸味があります。
富山の「バタバタ茶」:茶筅で泡立てて楽しむ文化
富山県朝日町に室町時代から伝わる歴史深い黒茶。
麹菌による発酵が主で、プーアル茶に近いタイプです。
最大の特徴は、煮出したお茶を「夫婦(めおと)茶筅」で「バタバタ」と泡立てて飲むユニークな文化。塩をひとつまみ加えて楽しむこともあり、地域のコミュニケーションツールとしての役割も担ってきました。
自宅で楽しむ後発酵茶|選び方から美味しい淹れ方まで
「なんだか面白そうだけど、どうやって始めたらいいの?」そんな後発酵茶ビギナーのあなたへ。
選び方のコツから、自宅で簡単に美味しく淹れる方法まで、楽しく始めるためのガイドをお届けします。
後発酵茶の選び方のポイント
多種多様な後発酵茶の中から、自分好みの一杯を見つけるためのポイントをご紹介します。
- 爽やかな酸味派なら:日本の「阿波番茶」や「石鎚黒茶」がおすすめ。
- 力強い酸味とコク派なら:高知の「碁石茶」に挑戦。
- まろやかなコクと熟成香派なら:中国の「プーアル熟茶」から試してみましょう。
- 手軽に始めたいなら:茶葉がバラバラの「散茶」や、便利な「ティーバッグ」タイプ。
- じっくり楽しみたいなら:プーアル茶に多い円盤状の「緊圧茶」。少しずつ崩しながら味の変化を楽しめます。
品質のチェックポイント
香り:不快なカビ臭さや湿った匂いがしないか確認しましょう。良質なものは心地よい熟成香がします。
見た目:茶葉が乾燥していて、ホコリっぽくないものを選びましょう。
初心者でも簡単!後発酵茶の美味しい淹れ方
後発酵茶は、緑茶のように神経質にならなくても大丈夫!基本を押さえれば、誰でも美味しく淹れられます。
基本の淹れ方(急須・煮出し)
プーアル茶や阿波番茶など、多くのお茶で使える基本の淹れ方です。
- 洗茶(せんちゃ): まずは茶葉の目覚めの儀式。急須に茶葉を入れ、沸騰したお湯を注ぎ、すぐにお湯を捨てます。
茶葉のホコリを洗い流し、温めることで香りを開かせる重要な工程です。 - 抽出:再び沸騰したお湯を注ぎ、30秒〜1分ほど蒸らします。
後発酵茶は高温で淹れると香りが引き立ちます。 - 注ぐ:数煎淹れられるので、2煎目以降は蒸らし時間を少しずつ長くしながら、味の変化を楽しみましょう。
- ヤカンに水と茶葉(水1〜2Lに対し茶葉3〜5gが目安)を入れ、火にかけます。
- 沸騰したら弱火にし、5〜10分ほど煮出します。煮出しすぎると風味が強くなることがあるので、お好みで調整してください。
碁石茶やバタバタ茶など、よりしっかり味を出したい時におすすめです。
水出しで楽しむ爽やかな味わい
「後発酵茶の独特の風味が少し苦手かも…」という方にぜひ試してほしいのが水出しです。
- ポットに茶葉と水(水1Lに対し茶葉5〜7gが目安)を入れます。
- 冷蔵庫で数時間(3時間〜一晩)置けば完成です。
熱湯で淹れるよりも渋みや酸味が穏やかになり、驚くほどすっきりとゴクゴク飲める味わいに。後発酵茶の入門としても最適です。
長く楽しむための正しい保存方法
後発酵茶は長期保存が可能なお茶ですが、美味しさを保つためには「常温・乾燥・無臭・暗所」が鉄則です。
- 高温多湿を避ける:湿気はカビの原因になります。特に日本の梅雨時期は注意が必要です。
- 直射日光を避ける:光は茶葉の劣化を早めます。
- 匂いの強いものの近くを避ける:茶葉は匂いを吸着しやすいため、食品や香水などの近くは避けましょう。
散茶やティーバッグは密閉できる茶筒に、緊圧茶は通気性のある紙などで包んだまま風通しの良い場所に保管するのが基本です。
AFTERWORD
奥深い後発酵茶の世界を探求してみよう
微生物の魔法によって生まれる「後発酵茶」。
それは、お茶の概念を覆すような、驚きと発見に満ちた奥深い世界への扉です。
お漬物のような親しみやすい酸味を持つ日本の伝統茶から、ワインのように熟成を楽しむ中国のプーアル茶まで、その個性は実にさまざま。
一杯のお茶の向こう側には、その土地の気候や風土、そして人々の暮らしや文化が息づいています。
この記事を読んで「面白そう!」と感じたら、ぜひ最初の一杯を試してみてください。
急須で、ヤカンで、あるいは水出しで、気軽に味わうその一口が、あなたを後発酵茶の虜にするかもしれません。
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