そもそも殺青とは?
お茶の種類を分ける重要な工程
「殺青(さっせい)」…なんだか物騒な響きですが、ご安心を。
これは、美味しいお茶作りに欠かせない、いわば緑茶のフレッシュさを守るヒーローのような工程の名前です。

もし殺青がなければ、私たちが愛する煎茶の美しい緑色は失われ、紅茶のような赤褐色に変わってしまうかもしれません。
摘みたての茶葉の運命を左右する、まさに「緑茶」であるためのアイデンティティを決定づける重要なプロセス、それが殺青です。
殺青の目的は「酸化」を止めること
りんごを切って放置すると、切り口が茶色く変色しますよね。あれが「酸化」です。
お茶の葉も同じで、摘み取られた瞬間から、葉に含まれる「酸化酵素」が猛烈に働き始めます。
この酸化酵素の働きを、熱を加えてストップさせる(専門用語で「失活させる」と言います)工程こそが「殺青」です。
青々とした茶葉の「青」を「殺す」と書くのは、この酸化による変色を食い止め、緑茶ならではの品質を守るため。
まさに、お茶の鮮度と個性を封じ込めるための必殺技と言えるでしょう。
殺青の有無がお茶の種類を分ける
驚くかもしれませんが、緑茶、ウーロン茶、紅茶は、もとをたどればすべて同じ「チャノキ」という一本の木から作られます。
では、何が彼らの個性を分けているのでしょうか?



その答えは、殺青の「タイミング」と「有無」にあります。
酸化をどこまで進めるか、それをいつ止めるかによって、全く異なる種類のお茶が生まれるのです。
お茶の種類 | 発酵度 | 殺青のタイミング | 特徴 |
緑茶 | 不発酵茶 | 収穫後すぐ | 酸化を完全に止めることで、茶葉の緑色とフレッシュな風味を保ちます。 |
ウーロン茶 | 半発酵茶 | ある程度発酵が進んだ段階 | 途中で酸化を止めることで、花のような華やかな香りを引き出します。 |
紅茶 | 発酵茶 | 行わない | 酸化を止めずに最後まで進めることで、特有の深い赤色と芳醇な香りを生み出します。 |
【方法別】殺青の代表的な種類と特徴
緑茶の個性を決める殺青ですが、その方法には大きく分けて2つの流派が存在します。
「蒸気で蒸す」か、「釜で炒る」か。
この違いが、味や香りに劇的な変化をもたらすのです。
蒸熱殺青(じょうねつさっせい)
日本茶の主流
日本の緑茶、特に煎茶の製造で圧倒的に多く用いられているのが、高温の蒸気で茶葉を加熱する「蒸熱殺青」です。
摘みたての茶葉を蒸し器で一気に熱することで、酸化酵素の働きを瞬時に止めます。
この方法により、茶葉の鮮やかな緑色が保たれ、日本茶特有の青々しい香りと豊かな旨みが引き出されるのです。
浅蒸し・普通蒸し・深蒸しの違い
同じ「蒸し」でも、蒸す時間の長さによって、お茶の個性はさらに細かく分かれます。
種類 | 蒸し時間(目安) | 茶葉の見た目 | 水色(すいしょく) | 味わい |
浅蒸し茶 | 30秒以内 | 葉の形が針のように美しい | 透明感のある山吹色 | 茶葉本来の爽やかな香りと、キリッとした渋みが楽しめる通好みの味。 |
普通蒸し茶 (煎茶) | 30秒~60秒 | バランスの取れた形状 | 美しい黄緑色 | 香り、旨み、渋みのバランスが良い、ザ・スタンダードな煎茶。 |
深蒸し茶 | 60秒以上 | 蒸すことで葉が細かくなる | 濃い緑色で、やや濁りがある | 渋みが少なく、コクのあるまろやかな甘みが特徴。お茶の成分が出やすい。 |
釜炒り殺青(かまいりさっせい)
香ばしさが特徴
一方、300℃以上に熱した鉄製の釜で茶葉を炒り、酸化を止めるのが「釜炒り殺青」です。
中国から伝わったとされる伝統的な製法で、日本では九州地方の一部でその技術が受け継がれています。
高温の釜で炒ることで、「釜香(かまか)」と呼ばれる、栗のようにほっこりとした香ばしい香りが生まれるのが最大の特徴です。
釜炒り茶の代表例
釜炒り茶は、現在では日本の緑茶生産量の1%にも満たない、非常に希少なお茶です。見かけたらぜひ試してみてください。
- 嬉野茶(うれしのちゃ):
佐賀県嬉野市周辺で作られる、日本を代表する釜炒り茶。
丸みを帯びた「玉緑茶(たまりょくちゃ)」の形状と、上品な香ばしさが特徴です。 - 宮崎の釜炒り茶:
宮崎県は釜炒り茶の生産量が日本一。
特に高千穂町や五ヶ瀬町などの山間部で、昔ながらの製法が守られています。
どっちが好み?
「蒸し」と「釜炒り」の味と香りの違い
「蒸し」と「釜炒り」。調理法が違えば、料理の味が変わるように、お茶の個性も全く異なります。あなたの好みはどちらのタイプでしょうか?
特徴 | 蒸し製(日本茶の主流) | 釜炒り製(希少な伝統製法) |
香り | 若葉のような爽やかな香り | 栗のような香ばしい「釜香」 |
水色 | 鮮やかな緑色、黄緑色 | 澄んだ美しい黄金色 |
味わい | 旨み・甘みが豊かで、まろやか | さっぱりとして、後味すっきり |
イメージ | 新緑、フレッシュ、シャキッと | 懐かしい、リラックス、ほっこり |
香りの違い:青々しい「蒸し」と香ばしい「釜炒り」
- 蒸し(蒸熱殺青): 蒸気で加熱するため、茶葉本来のフレッシュさが際立ちます。
まるで新緑の茶畑にいるかのような、清々しい若葉の香りが特徴です。 - 釜炒り(釜炒り殺青): 高温の釜で炒られることで生まれる「釜香(かまか)」が魅力。
どこか懐かしく、ほうじ茶にも似たリラックスできる香ばしさが楽しめます。
水色(すいしょく)の違い:緑色の「蒸し」と黄金色の「釜炒り」
- 蒸し(蒸熱殺青): 茶葉の葉緑素がそのまま保たれるため、鮮やかな緑色になります。特に深蒸し茶は、濃厚で深い緑色が特徴です。
- 釜炒り(釜炒り殺青): 炒る過程で葉緑素が変化し、澄んだ美しい黄金色(山吹色)になります。その透明感のある輝きも魅力の一つです。
味わいの違い:旨味の「蒸し」とさっぱりした「釜炒り」
- 蒸し(蒸熱殺青): 茶葉の成分が溶け出しやすく、アミノ酸(テアニン)由来の「旨み」や「甘み」を強く感じられます。特に深蒸し茶は、渋みが少なくコク深い味わいです。
- 釜炒り(釜炒り殺青): 渋みが少なく、後味は驚くほどすっきり。香ばしい釜香と相まって、食事にも合わせやすい、さっぱりとした飲み口が楽しめます。
殺青についてもっと知るQ&A
ここまでで、あなたも立派な殺青通。最後に、よくある疑問を解決して、知識をさらに深めましょう!
Q1. ほうじ茶も釜で炒るけど、釜炒り茶と何が違うの?
A. 目的とタイミングが全く違います。
- 釜炒り茶: 製造工程の最初に、生葉の酸化を止める「殺青(さっせい)」のために炒ります。あくまで緑茶の一種です。
- ほうじ茶: 完成した緑茶(煎茶や番茶など)を、香ばしい香りを引き出す「焙煎(ばいせん)」のために強火で炒ります。



例えるなら、釜炒り茶は「野菜炒め(素材に火を通す調理)」、ほうじ茶は「トースト(完成品をさらに焼く)」のような違いです。
Q2. ウーロン茶や紅茶に殺青の工程はないの?
A. ウーロン茶にはあり、紅茶にはありません。
- ウーロン茶: 意図的に酸化発酵を進めた後、「この香りだ!」というベストなタイミングで発酵を止めるために、釜で炒るなどの方法で殺青を行います。
- 紅茶: 茶葉を完全に発酵させて作る「発酵茶」なので、発酵を途中で止めるための殺青は行いません。最後の乾燥工程で熱を加えることにより、結果的に酵素の働きは止まります。
AFTERWORD
殺青を知れば、お茶選びがもっと楽しくなる
「殺青」という、たった一つの工程。
しかし、その方法やタイミングの違いが、お茶の香り、色、味わいを劇的に変え、多種多様なお茶の世界を生み出しています。
次にあなたが急須にお茶を淹れるとき、その一杯がどんな旅をしてきたのか、少し想像してみてください。
- シャキッとしたい朝や、旨みで癒されたい時は、爽やかな「蒸し」の煎茶を。
- 食事と合わせたり、リラックスしたい午後には、香ばしい「釜炒り」のお茶を。
お茶の殺青方法を知るだけで、気分や好みに合わせてお茶を選ぶ楽しみが何倍にも広がります。
ぜひ、色々なお茶を飲み比べて、あなたの「推し茶」を見つけてみてください。知れば知るほど、お茶の世界はもっと面白くなりますよ!
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